Conoid Bench by George Nakashima in Walnut and Hickory

Conoid Bench by George Nakashima in Walnut and Hickory

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アメリカのデザイナー George Nakashima(ジョージ・ナカシマ)によって、1960年にデザインされた Conoid ベンチ。

木材の自然な輪郭を残した厚みのある無垢材の座面と、細いスポークを連ねた背もたれ、テーパー状の脚部による構成。
緩やかな曲線を描く背の上部材から、座面に向かって斜めに伸びるスポークは、伝統的なウィンザーチェアを思わせる意匠。
自然な形状を残した座面と規則的に並ぶ細いスポークが、木材の力強い表情と繊細な構造の対比を際立たせています。

Conoid Bench は、ペンシルベニア州ニューホープに建設された自身の工房「Conoid Studio」の完成と、幹から枝が分かれる部分に特徴的な木目を持つ丸太の入手を記念して、1960年に発表されました。

本モデルは、幹から枝へと分かれる部分に見られる、独特な木目と不規則な輪郭を持つ板材を生かしたデザイン。
一枚ごとに異なる木材の形状に合わせて脚部や背もたれの位置、全体の比率を調整し、自然の造形と家具としての構造を結びつけています。

木目や節、自然な割れを含む板材の個性を尊重し、木に第二の生命を与えるというナカシマの思想を体現した、代表的な作品の一つです。

※こちらの製品はヴィンテージ品となります。

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PRICE
Only at The Exhibition Venue

※会期中会場でのみ販売となっており、通販は不可となります。

MATERIAL
Walnut , Hickory
SIZE
Coming soon
DESINGER
George NakashimaGeorge Nakashima
FOCUS ON
GALLERY STOOP × SIDE GALLERY at KYOTO
STYLE
MID-CENTURY MODERN , VINTAGE
GALLERY(ギャラリー営業)
オープン:木・金・土・日・祝日
営業時間:12:00 - 19:00
定  休:月・火・水
スタジオ:月〜金(祝日は除く)
RESERVATION

DESIGNER

George Nakashima

George Nakashimaジョージ・ナカシマ

20世紀のアメリカにおいて、建築と木工を通じて独自の家具づくりを確立した日系アメリカ人の建築家・家具デザイナー、George Nakashima(ジョージ・ナカシマ)。

1905年、アメリカ・ワシントン州スポケーンに生まれ、ワシントン大学で林学を学んだ後、建築学へ転向。マサチューセッツ工科大学で建築学の修士号を取得し、ヨーロッパやアジアを巡る旅に出ます。1934年に来日すると、建築家 Antonin Raymond(アントニン・レーモンド)の事務所に入所。前川國男や吉村順三らとともに働き、日本の伝統建築と西洋のモダニズムが交差する環境で経験を積みました。

1937年にはインドへ渡り、宗教共同体 Sri Aurobindo Ashram(シュリ・オーロビンド・アシュラム)の寄宿舎「Golconde(ゴルコンデ)」の建設に従事。この滞在中に家具の設計・製作にも取り組み、建築から木工へと活動の領域を広げていきます。

1940年にアメリカへ帰国しますが、第二次世界大戦中の1942年、家族とともにアイダホ州のミニドカ強制収容所へ収容されます。そこで出会った日本人大工の Gentaro Hikogawa(彦川源太郎)から伝統的な木工具の扱いや接合技術を学び、木工への理解を深めました。1943年にはレーモンドの尽力によって収容所を離れ、ペンシルベニア州ニューホープへ移住。自身の工房を構え、家具の設計から製作までを一貫して手がける活動を本格化。

ナカシマの家具を特徴づけるのは、木材が持つ自然の形状や木目を尊重し、その個性を造形へと取り込むことにあります。樹木の輪郭を残した「フリーエッジ」の天板や、割れを補強する蝶形の契りなど、一般には欠点と捉えられる部分も木の歴史として受け入れ、独自の美しさへと昇華させました。

1940年代には Knoll(ノル)との協業によって量産家具のデザインにも取り組み、1951年にはニューヨーク近代美術館(MoMA)が企画した巡回展「Design for Use, USA」に作品が選出されました。代表作には、娘のために考案した Mira Chair(ミラチェア)や、建築的な構造と軽やかな造形を融合させた Conoid Chair(コノイドチェア)などが挙げられます。

1964年には彫刻家の流政之の紹介によって香川県高松市の桜製作所を訪問し、協業を開始。1968年には東京・小田急ハルクで第1回「ジョージ・ナカシマ展」を開催し、Minguren(ミングレン)シリーズを発表するなど、日本でも独自の家具づくりを展開しました。

1981年には自身の木工哲学をまとめた著書『The Soul of a Tree(木のこころ)』を出版。木材を単なる素材ではなく、長い年月をかけて成長してきた生命の一部として捉え、その個性を家具へと受け継ぐことを「木に第二の人生を与える」と表現しました。

1990年にニューホープで亡くなった後も、その思想と技術は娘の Mira Nakashima(ミラ・ナカシマ)へと引き継がれ、現在もアメリカの工房と日本の桜製作所で家具の製作が続けられています。

建築、工芸、そして東西の文化を横断しながら、素材の生命力と人の手によるものづくりの可能性を追求したナカシマ。木材への深い敬意と構造的な合理性を併せ持つその家具は、20世紀のモダンデザインにおいて独自の位置を築いています。