Lounge Chair with Right Arm Chair by George Nakashima in Walnut

Lounge Chair with Right Arm Chair by George Nakashima in Walnut

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アメリカのデザイナー George Nakashima(ジョージ・ナカシマ)によって、デザインされたラウンジチェア。

18世紀のライティング・アームチェアや、アメリカの伝統的なウィンザーチェアの構造に着想を得た、片側のみに幅広いアームを備えるラウンジチェア。

緩やかな曲線を描く背もたれに、細く伸びるスピンドルを組み合わせた構成。身体に沿って削り込まれた座面と、外側へ広がる脚部が調和し、木材の温かみと軽やかさを併せ持つフォルムが特徴的です。

特徴的な片側のアームは、肘掛けとしてだけでなく、書き物をする際の支持面や、小さなテーブルとしても機能するよう考案されたもの。
伝統的な椅子の構造を受け継ぎながら、日常の所作に応じた新たな機能を与えています。

建築家としての経歴を持つナカシマは、アメリカの伝統的な家具の構造に、日本の木工文化から受けた影響や、素材の個性を尊重する思想を重ね合わせ、独自の家具づくりを確立。

木材本来の表情を生かした造形と、機能性を兼ね備えた非対称のデザインに、ナカシマの家具づくりに対する思想が表れています。

在庫:2点

※こちらの製品はヴィンテージ品となります。

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PRICE
Only at The Exhibition Venue

※会期中会場でのみ販売となっており、通販は不可となります。

MATERIAL
Walnut
SIZE
W750 D610 H840 SH310mm
DESINGER
George NakashimaGeorge Nakashima
FOCUS ON
GALLERY STOOP × SIDE GALLERY at KYOTO
STYLE
MID-CENTURY MODERN , VINTAGE
GALLERY(ギャラリー営業)
オープン:木・金・土・日・祝日
営業時間:12:00 - 19:00
定  休:月・火・水
スタジオ:月〜金(祝日は除く)
RESERVATION

DESIGNER

George Nakashima

George Nakashimaジョージ・ナカシマ

20世紀のアメリカにおいて、建築と木工を通じて独自の家具づくりを確立した日系アメリカ人の建築家・家具デザイナー、George Nakashima(ジョージ・ナカシマ)。

1905年、アメリカ・ワシントン州スポケーンに生まれ、ワシントン大学で林学を学んだ後、建築学へ転向。マサチューセッツ工科大学で建築学の修士号を取得し、ヨーロッパやアジアを巡る旅に出ます。1934年に来日すると、建築家 Antonin Raymond(アントニン・レーモンド)の事務所に入所。前川國男や吉村順三らとともに働き、日本の伝統建築と西洋のモダニズムが交差する環境で経験を積みました。

1937年にはインドへ渡り、宗教共同体 Sri Aurobindo Ashram(シュリ・オーロビンド・アシュラム)の寄宿舎「Golconde(ゴルコンデ)」の建設に従事。この滞在中に家具の設計・製作にも取り組み、建築から木工へと活動の領域を広げていきます。

1940年にアメリカへ帰国しますが、第二次世界大戦中の1942年、家族とともにアイダホ州のミニドカ強制収容所へ収容されます。そこで出会った日本人大工の Gentaro Hikogawa(彦川源太郎)から伝統的な木工具の扱いや接合技術を学び、木工への理解を深めました。1943年にはレーモンドの尽力によって収容所を離れ、ペンシルベニア州ニューホープへ移住。自身の工房を構え、家具の設計から製作までを一貫して手がける活動を本格化。

ナカシマの家具を特徴づけるのは、木材が持つ自然の形状や木目を尊重し、その個性を造形へと取り込むことにあります。樹木の輪郭を残した「フリーエッジ」の天板や、割れを補強する蝶形の契りなど、一般には欠点と捉えられる部分も木の歴史として受け入れ、独自の美しさへと昇華させました。

1940年代には Knoll(ノル)との協業によって量産家具のデザインにも取り組み、1951年にはニューヨーク近代美術館(MoMA)が企画した巡回展「Design for Use, USA」に作品が選出されました。代表作には、娘のために考案した Mira Chair(ミラチェア)や、建築的な構造と軽やかな造形を融合させた Conoid Chair(コノイドチェア)などが挙げられます。

1964年には彫刻家の流政之の紹介によって香川県高松市の桜製作所を訪問し、協業を開始。1968年には東京・小田急ハルクで第1回「ジョージ・ナカシマ展」を開催し、Minguren(ミングレン)シリーズを発表するなど、日本でも独自の家具づくりを展開しました。

1981年には自身の木工哲学をまとめた著書『The Soul of a Tree(木のこころ)』を出版。木材を単なる素材ではなく、長い年月をかけて成長してきた生命の一部として捉え、その個性を家具へと受け継ぐことを「木に第二の人生を与える」と表現しました。

1990年にニューホープで亡くなった後も、その思想と技術は娘の Mira Nakashima(ミラ・ナカシマ)へと引き継がれ、現在もアメリカの工房と日本の桜製作所で家具の製作が続けられています。

建築、工芸、そして東西の文化を横断しながら、素材の生命力と人の手によるものづくりの可能性を追求したナカシマ。木材への深い敬意と構造的な合理性を併せ持つその家具は、20世紀のモダンデザインにおいて独自の位置を築いています。