DESIGNER

Junzo Sakakura坂倉 準三
1901年、岐阜県に生まれ、東京帝国大学で美術史を学びました。1929年に渡仏し、1931年から近代建築の巨匠 Le Corbusier(ル・コルビュジエ)のアトリエに参加。住宅設計や都市計画に携わりながら、ヨーロッパのモダニズム建築を学びました。1937年にはパリ万国博覧会の日本館を設計し、建築部門のグランプリを受賞。国際的な評価を確立します。
1940年に自身の建築事務所を設立し、1941年には Charlotte Perriand(シャルロット・ペリアン)の展覧会「選擇・傳統・創造」に協力。戦後は神奈川県立近代美術館(1951年)や、前川國男・吉村順三との共同設計による国際文化会館(1955年)などを手がけ、西洋の合理的な建築思想と日本の伝統的な空間感覚を結びつけた建築を展開しました。
家具デザインにおいては、親交のあったフランスのデザイナー Jean Prouvé(ジャン・プルーヴェ)の Standard Chairに着想を得て、1947年頃から木製椅子の試作を開始。1953年には坂倉準三建築研究所で、成形合板による曲線的な背と座、直線的な脚部を組み合わせた 小イス(1953年)が開発されました。天童木工との協働によって製品化され、日本の生活空間に適した機能性と造形を追求しました。
1949年にはニューヨーク近代美術館(MoMA)が主催したローコスト・ファニチャー国際競技設計で、竹製椅子が佳作に選出。また、1948年に考案した 竹籠座低座椅子を原型とする 低座イス(1960年)は、坂倉準三建築研究所の長大作らが開発に携わり、1960年のミラノ・トリエンナーレに出展されました。坂倉が担当した日本室はゴールドメダルを受賞しています。
1957年にはグッドデザイン制度の初代選定委員長に就任。
建築と家具を一体の生活環境として捉え、人々の暮らしに根ざしたデザインを追求しました。その活動は、戦後日本の建築とモダンデザインの発展に大きな影響を残しています。
