DESIGNER

Charlotte Perriandシャルロット・ペリアン
フランスの建築家・デザイナー。
1925 年パリの装飾美術連合学校(エコールUCAD)を卒業後、自らのアトリエを開設。同年、サロン・ドートンヌに出展した「屋根裏のバー」で注目を浴び、これをきっかけにル・コルビュジエの事務所で前川國男や坂倉準三、ピエール・ジャンヌレらと共に働くことになります。その後、シェーズロングを始め、数々の名作をコルビュジエとともに世に送り出しました。
1940年には、坂倉準三の誘いで、輸出工芸指導の顧問として日本へ招かれ、1年余りの滞在期間に日本各地を柳宗理の案内でまわり、日本の伝統的な暮らしや美意識に深い感銘を受け、その後の作品に強く反映されています。

Le Corbusierル・コルビュジエ
ル・コルビュジエ(本名シャルル=エドゥアール・ジャンヌレ)は20世紀を代表するスイスの建築家・都市計画家・デザイナー。
時計職人であった父の家業を継ぐため美術学校で彫金を学びますが、生まれつきの目の弱さからその道を断念。恩師シャルル・レプラトニエの勧めもあり建築の道を志します。1912年に自身の建築事務所を設立すると、1917年にパリへ移住。1920年には雑誌「エスプリ・ヌーヴォー」を創刊し、同誌エッセイの中で初めて「ル・コルビュジエ」の名を使用しました。
1922年には従兄弟 Pierre Jeanneret(ピエール・ジャンヌレ)と建築事務所を設立。「ピロティ」「屋上庭園」「自由な平面」「水平連続窓」「自由な立面」の近代建築の5原則を打ち出し、主に個人住宅の理想像を追求していきます。サヴォア邸やエスプリ・ヌーヴォー館はその代表例であり、「住宅は住むための機械」という自らの理念を象徴する作品となりました。
1928年にはジャンヌレと Charlotte Perriand(シャルロット・ペリアン)と共に、スチールパイプを用いた家具「LCシリーズ」をデザイン。人体の形態や動作に沿った「座るための機械」として、インテリアデザインの歴史に革新をもたらします。
1930年代は都市計画や集合住宅の研究に傾倒し、第二次世界大戦後には人体の寸法と黄金比を融合させた独自の尺度「モデュロール」を考案。これをもとに、マルセイユのユニテ・ダビタシオンをはじめ、機能と芸術性を融合した多くの建築を生み出します。また、インドの州都チャンディガールではジャンヌレらと共同し、家具から公園、建築に至るまで都市全体の計画を指揮。 日本においても、東アジアでは唯一の作品となる国立西洋美術館を手がけ、彼の弟子である前川國男・坂倉準三・吉阪隆正が現場管理にあたりました。
そんな数多の建築を手がけた彼の哲学を象徴する一説として、次の言葉が知られています。
「建築はすべての芸術の統合である。建築は、型であり、量感であり、色彩であり、それに音楽なのだ。」
あらゆる要素が共振するコルビジュエの建築群。2016年には17の建造物がユネスコ世界文化遺産に登録されるなど、その革新さは色褪せることなく時代を横断し続けています。
